こんにちは。認定インストラクターの岡澤です。

 

年が変わり、メルマガの内容をどうしようか、昨年末より考えておりました。

 

新年1発目のメルマガはもうだしたのですが、実は考えていました。

 

年が明けてから学んだ思考方法で、色々と書きまくっています。

自分には何ができるのか。

自分だからできることは何か。

 

色々書きまくってたどり着いたこと。

それは、僕が発信したい情報は今までと変わりないということでした。

 

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「どうすれば生活期リハビリを前向きな関わりにすることができるか」

という一点です。

 

この一点を進めるうえで常に立ちはだかる言葉が、

「どうせ生活期は変わらない」というものです。

 

なぜ変わらないと感じるのか、僕なりに考えてみました。

 

「変わらない」の指す意味は、身体機能のような気がします。

 

対象者の機能的な改善のノビシロが少ないから、生活期リハビリは変わらないものなんだ。

ということかなと。

 

こう考えると、ふと養成校時代に、リハビリテーション概論で聞いた言葉がよみがえります。

 

リハビリテーションとは「全人間的復興」だ。

 

就職してから、確か地域リハビリ系の読み物にも、この言葉は書かれていました。

 

その中では、もう少し、わかりやすい説明も加わっていました。

「その人らしい活動を後押しするすべての行動はリハビリテーションである」

 

なるほど。

だから一時的に買い物に付き添うヘルパーさんも、

トイレ移動の見守りをする家族さんも、

みんなリハビリテーションの担い手になるんだなと、えらく納得したことが印象に残っています。

 

このリハビリテーションという流れの中で、リハビリ職と呼ばれる人たちは何をするべきなのか。

 

ヘルパーさんや、家族さんにできないことで、

リハビリ職ができることはなんだろう。

 

 

その先にあるものが専門性と呼ばれるものなのでしょう。

 

そう考えると、散歩の付き添いは、専門職のするべきことではないと理解しやすい。

 

ただ散歩をするのではなく、アプローチの効果判定をするための歩行を、環境の変化を加味しながらおこなう。

さらに歩行の効率化を図るための動作方法の検証をすすめながら歩行方法を再検討する。

 

このように散歩をおこなえば、それは散歩ではなく、歩行練習となるのではないでしょうか。

 

こんな風に定義づけを見直していくとやるべきことが少しわかりやすくなります。

 

さらに具体的な関わりに落とし込むと、より理解しやすくなります。

 

 

 

定義づけと具体的な関わり方。

 

ふたつをつなげることで、

この「どうせ変わらない」と思われがちな、

生活期リハビリを少しでも前向きにできればと思っています。

 

今回はこれで終わります。

 

お読みいただきありがとうございました。

 

 

IAIR関西支部認定インストラクター

認定理学療法士(地域理学療法分野)

岡澤 頼宏